大事なことは特撮から教わった

仮面ライダーとスーパー戦隊と牙狼が好きなオッサンのブログです

映画『亜人』感想

変身!というのか、なんというのか、ともかく

こんにちは、ろけねおです。

 

『亜人』という映画を見たのでその感想を書きます。

この映画はマンガが原作なのだそうですが、マンガのほうは存在も知りませんでした。

アニメもあるそうです。

ということで原作と比べてどうかという視点はありません。仮面ライダー電王だった佐藤健くんと

スパイダーオルフェノクだった綾野剛くんが出ているという興味で観ました。

オルフェノクと亜人

亜人というの死なない人間のことで、大ケガをしても一度死ぬとキレイサッパリ治って蘇ってしまうのです。リセットです。

 

また、体が細切れにされても、1番大きな部位から復活する不死身の存在なのです。

 

生まれたときには、その子が亜人のかどうかはわかりません。病気や事故で一度死んで亜人になるのです。死んでそのままなら普通の人で、死んで黒い煙みたいのが出てきて、無傷で復活したらそこから亜人なのです。

 

亜人の成り立ちが『仮面ライダー555』に出てきたオルフェノクに似ています。オルフェノクもまた一度死んでから覚醒します。

オルフェノクはオルフェノクになってから死んでも蘇りませんが、死んでみないとオルフェノクになれるかどうかわからないので、その辺が似てます。そのオルフェノクを演じていた綾野剛くんが、亜人の佐藤を演じているというのが、僕的には興味深かったです。

 

綾野剛くんは本当に死なない男なのかも知れないと思えてきます。

 

この映画はザックリと言えば、人間と亜人との戦いを描いています。そして『仮面ライダー555』は人間とオルフェノクの戦いを描いています。人間とは違う存在になってしまった人の悲しみや葛藤、人間との距離感というのが『555』では描かれていましたが、『亜人』ではどうなるのか、その辺に興味を持ちながら観ておりました。

 

亜人は死なないので、死に鈍感になってしまうのです。他人の死はもちろんのこと、自分の死にも鈍感になっています。死ぬようなダメージはきっと猛烈に痛いと思うのですが、その痛みに対してもきっと鈍感なんです。

 

人間との戦闘の中で、負傷するわけですが、すぐに自分で首を切ったり、銃で頭を撃ち抜いたりして復活します。これがなんとも切ないというか、死ねるというのは大事なことなのかも知れないと思わせました。

 

死ぬのは怖いですから、死にたくないと普通思いますけど、死ねないとわかったら、何を張り合いにして生きていけば良いのか、わかりません。明日死ぬかも知れないから今日頑張ろうって気持ちにもなるわけですが、死なないとわかっているのなら、別に今日やらなくても良いことになってしまいます。

 

亜人に老衰というのがあるのかどうかは知りませんけども、死ねるというのは、終りがあるというのは、大事なことだなと。命を粗末にしまくる亜人の姿を見て、命の大切さを感じました。

 

この辺は『無限の住人』を読んだ時に同じように思いました。

スタンド的だけどスタンドではない

亜人は死なないだけでなく、黒い幽霊?みたいなものが出せます。人の形をした自分の分身みたいなものです。これが『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンドみたいでした。

デザインがみな一様にミイラ男みたいな感じで、つまらんと思ってしまったのですが、スタンドと違ってカンタンに指示するとあとは自分で考えて動くようで、自分の能力が形になったスタンドとはぜんぜん違うとだんだんわかってきまして、ならばこれはこれでいいかなと思えてきました。

 

ただ、この幽霊が出ることで戦いに幅が出たようなところはあるのですが、正直、この要素はなくてもそんなに困らなかったかなと思います。なんでわざわざ出したんだろ?とすら思いました。

 

最終決戦では亜人同士の戦いになるのですが、この幽霊がいることがその戦いにあまり影響を及ぼさなかったので、余計に必要な要素であるようには思いませんでした。マンガのほうではこの作品を象徴する重要な存在らしいんですがね。

液体窒素で解決するなら最初からやりなさいよ

人間は亜人を殺すことが出来ません。だから、麻酔銃で戦います。眠ってしまえば、自殺して復活するということも出来ませんから、普通の銃で腕や足を打って動けなくしてから、麻酔銃を打って眠らせて、拘束するしかないという風に描かれています。

 

ところが、この麻酔銃、当たってもすぐ眠ってしまうわけではありません。そりゃそうなんですが、眠る前に亜人が自殺すると、麻酔の効果もスカっと消えてしまいます。

 

もうほとんど、人間に勝ち目が無いように思えたのですが、最後の最後に液体窒素でカチカチにしてしまうという方法が出てきます。人1人を凍らせるのにどのくらいの量の液体窒素が必要なのかは知りませんけども、ぶっかけさえすれば亜人は止まるようです。凍った瞬間に死んでしまうだろうからすぐに復活するのかと思ったのですが、凍っただけで死んではいなんでしょうかね?

 

映画の中で、亜人の佐藤が自分の手首を切り落とし、仲間のカバンの中にそれを入れておいて、毒ガスのビルに仲間がそれを持って侵入した時、全然違う場所にいた佐藤が身体を粉砕機にかけてミンチになって死んでしまったら、仲間のカバンの中にあった手首から佐藤が復活して、まるで瞬間移動みたいなことをやってみせたのですが、凍ってから粉々砕いてもどこかの部分からすぐに復活するということもないようです。

 

ちなみに佐藤の手首が入っていたカバンのファスナーを締めたままにしておいた場合、佐藤が復活する時カバンを突き破って復活したんでしょうか。カバンの中でもぞもぞ動き出すはずなので、そこで麻酔銃打たれたら終わりそうな気がしました。

 

それはさておき、そんな都合のいい方法があるなら最初から使えばいいじゃない、と思っちゃいました。

 

もしかしたら、手首くらいの大きさがないと復活しないのなら、爆弾で吹き飛ばせば良いわけですから、それとはまた違うのでしょうか?凍らせてしまうというところがポイントなのでしょうか?よくわかりません。

 

主人公で亜人でもある永井は佐藤と一緒に液体窒素をかけられて凍り、その後粉々に砕かれたのですが、佐藤との戦闘で切り落とされた腕だけが凍らずにあったのでそこから復活しました。ということは、凍った時点か、粉々になった時点で、永井は死んだということであり、それなら佐藤だって死んでいるはずですから、どこの部品から復活しているはずなのですが、粉々だと復活しないんですかね?

 

そういう曖昧なことに気がついてしまうと、僕はどうにも映画が楽しめなくなってしまうタイプです。屁理屈でも、空想科学でも、この場合はこうだから、こうなるんです、と映画の中で言い切ってもらいさえすれば、そういうことだから永井は復活して、佐藤は復活しなかったんだな、ハッピーエンドって思えるのですが、それがないのです。

 

映画のほとんどは楽しめていたのに、最後の最後に来て、ビシッとした結論にたどり着けなかったので、有耶無耶のままで終わらせてしまえという雑な脚本に思えてしまったので、実に残念な映画でした。

 

映画館で観なくてよかったと思っちゃいました。ごめんなさい。

 

それではまた来週。

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